まいにち

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    2007.07.07 Sat *皆様のご意見募集!*

    2007年春、卒業式直前の制服騒動についてのご意見募集記事です。詳細はMoreクリック。
    【4月30日付 追記アリ】
    【7月7日付 追記アリ】


    2007年春・卒業式間際の制服騒動の一連の流れ

    今回の娘の制服騒動で
    教育現場の方々とお話をする場を設けていただく機会も増えまして
    少なからず、現場と保護者を繋ぐことが出来たかなと嬉しく思っております。

    現在までの経緯を振り返ると
    教育に携わる方々は、私ごとき一保護者の声に実に真摯に対応してくださっています。
    ありませんよね、自宅に先生方が並んで座って、役員でもない保護者の声に真剣に耳を傾けてくれるなんて。
    金八先生でも見たことないぞこんなんw
    たとえその対応が現実的に考えて微妙に具体的ではないと感じたとしても
    それでいいのです。
    これが、教育現場と保護者との温度差だというよい材料になる。
    それを出来る限り近づけるために、私は無い脳みそ絞って声を張り上げます。
    先生方も教育委員会の皆様もきっと頑張ってくれると思います。

    ただ、現在の状況には不備があります。

    保護者の声が私1人だけの声であるということです。

    保護者だけに限りません、社会人も学生も、大人も子供も老若男女問わず声をあげるべきだと思うのです。

    幸い今なら私が、微力ながら現場に声を届けることができます。
    田舎の地方都市での小さな出来事ですが、ここから何か発信できはしないか?

    校長先生が仰っていました。
    「何か、お母さんのほうで、保護者と学校とが対話するためのいい方法は思いつきませんか?」

    なので、ここで募集します。
    なんでもいいです。経験談や「こうしたほうがいい」的意見。なあんでも。
    教育に関する提言、過去に学校で辛かった話、たとえばいじめの体験談でも。
    そのとき学校にどうして欲しかったか、保護者にどうして欲しかったかまであればなおよし。
    非公開でも無記名でも、なんでもいいから私は今みんなの声が欲しい。
    まとまってなくていい。思いの丈を書いてみてください。

    きっとみんな言いたいことたくさんあるはずだと思うのです。
    だからここで。

    うまいこと結果に繋がらなかったらごめん。なんも得るものなかったらほんとごめん。
    でも、なんもしないより、なんかしたほうがいい。

    今このブログは、学校の先生方、教育委員会の方も閲覧していると思います。
    だからよかったら発言してみてください。
    よろしくお願いします。

                                              はぎわら まお



    【4月30日付追記】
    中学校の校長先生が今後の指導についてお話したいとのことで
    近々我が家にて話し合いの場を設けることになりました。
    その際皆様からお寄せいただいたご意見を書面にまとめ
    学校側に提出するつもりでおります。
    たくさんのご意見ありがとうございました。

    既に中学を卒業した子どもの保護者に対し
    このように真摯に対応してくれる中学校にも感謝です。
    皆様からのご意見をムダにすることのないよう
    わが娘だけの件だけにとどまらず
    あらゆる学校問題について語れる場になるよう尽力いたします。


    【7月7日付追記】
    その後、先生方からの今後の指導方針をまとめたレジュメと
    各教師へのアンケートの実施など具体的な現在までの対応をご報告いただきました。
    そして「来年弟さん(息子)が入学する時には絶対に学校が変わっているよう努力します」
    との力強いお約束をいただきましたので
    来年の中学校入学、そしてその後の様子などをまた楽しみにしていきたいと思います。

    当ブログをご覧いただいた読者のみなさま、ご協力心より感謝いたします。
    学校関係者、教育委員会関係者のみなさま、真摯な対応ありがとうございました。
    深く難しい問題が絡み合った今回の事案を教訓に
    私も保護者として教育というものを真っ向から見つめ、そして考えていきたいと思います。

    そしてここで終わらぬことを誓います。

    報告はまた来年。
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    2007.03.19 Mon 制服騒動 その9(書き忘れてました)

    制服騒動その8で書いていた卒業式直後の先生方との話し合いの中で
    私が述べた意見で漏れていたものがあるので
    某所からの転載ですがここに記しておきます。
    友人からの
    「大人からの意見を集めても無意味ではないか、子供からの意見を集めねば『今』に反映されまい」
    といった内容の指摘への返事を書いているときに、以下の話を書き漏らしていたなと気付いた次第です。
    学校にこういう話を伝えてありますよ、という報告です。

    「学校で問題点を炙り出そうと生徒・保護者に無記名アンケートを配ったところで
    誰も真実なんか書きゃしない。
    なぜならば無記名でも提出時や書体で名前が割れると思っているから。
    教師に何か問題があろうと、実際にその現場に居るのは子供。
    教師を一番身近で見て、教師の是正すべき問題点を一番知っているのは、発言力のない子供たちです。
    そして子供たちも親も、学校になにか意見しようものなら
    自分らの身に不利益がもたらされはしないかと怖がり、結局何も言わずに終わってしまう例が殆どではないか。
    保護者が何か意見を出すにせよ、そもそもが今の保護者は我が子の身に起こっていることを把握してはいないのではないか。
    事実、新年度のたびに書かされる家庭調査票で我が子の長所・短所を書く欄があり
    それに「なんて書いたらいい?」と私に聞いてくる親は少なくない。
    自分の子がどういう子であるかすら把握していない親がいる。
    それじゃあ子供は親に何か話す気にもならんのではないか?
    いざ事が起きた時に親が助けてくれるという信頼は薄いのではなかろうか?
    学校に至っては論外。はなっから学校が何かしてくれる訳がない、自分らの意見なぞ聞く耳持たないだろうと思い込んでいる。
    本気で学校が自分らの問題点を指摘して欲しいと思うなら
    金はかかりますがプリントではなく誰が出したか本気で分からんようなハガキアンケートを募ったらいかがでしょう?」

    最初はまずオトナサイドからの意見を出すことにも意義があると私は考えます。
    学校・保護者・子供・周辺の人々、そういう各所からの意見を出すことから始めて、それらの温度差がどれほどのものかを把握することは重要ではないかと。
    そして私は、学校や教育委員会と接してみて、どうにかしたいという熱意は一応感じたわけです。
    しかしどうにも的外れ感は否めず。
    事実、学校から配られるプリントに、子供の抱える悩みをどうにかして汲み取ろうと
    子供向けの電話相談や手紙相談を促す広報も非常に多い。
    (今手元にある子供の悩み相談窓口は法務局あて)
    行政も「声を聞かせてほしい」という広報と、それを聞く機関を設置しようとする姿勢は一応見せてはいる。
    ただそれを利用しようと思えないほどに根深くなってしまった大人への不信感を、どっかで誰かが「いや、声は通る!」と実証せねばならないのではないでしょうか。

    今回の私の一件のように、家に学校長教頭といった方々がズラリ並ぶ状況になった時
    おかーちゃん方は果たして普通に意見が言えるもんじゃろか? と疑問です。
    緊張してお話しづらいのではないでしょうか。
    うちは多分ちょっと特殊な家だと思います。
    かなり子供が親に学校への不平不満をストレートに言ってきますし、その内容も割と理にかなっている。
    母は「たとえば企業への面接などで緊張した事は一度も無い」という
    どこか神経のぶっちぎれたおかしな人です。 厳粛な場になればなるほど平然とします。
    (余談:私が緊張するのは何故か履歴書記入時。そして緊張のあまり間違えまくる。)

    話が横道にそれましたが
    保護者には「学校に意見したいならまず我が子の事把握しとらにゃ言えないんだからね!」
    と伝えたいし
    子供らには「ほら!とーちゃんかーちゃん頑張っちょるよ!だから遠慮せんで相談しやん!」
    と胸張って言ってあげられる環境にしたい。

    学校に意見は通るということ。
    それは一保護者の力でもできることだということ。
    だからもっと大人を信頼してほしいということ

    そういう実績を作りたいのです。
    そんで子供らに「ほらね!」って言ってやりたい。
    実際にやってみたら出来たよって事実を根拠に、大丈夫だよって言ってあげたいのです。
    子供たち自身に声をあげてもらう前に、まず大人が見本を見せねばと思うのです。
    だって、子供たちが大人に対して声をあげることは、大人が考えている以上にこわいことのはずだから。
    かなり大人に対して恐怖心の薄い筈のうちの娘ですら
    「先生に対して意見なんて絶対言えない」と萎縮しているのだから
    そんなこわいこと、まず子供にやれなんて絶対に言えない。
    何に対しても恐怖心の殆ど無い私ですら、怖くは無かったけれどものすごく考えました。
    今まで生きてきた経験と知識全てフル稼働して
    「どうしたら声が届くだろう」と、届けるためにあらゆる方向からシュミレーション重ねてやっとココ。
    声を発するために使う力は膨大でした。
    「これ納得いかない」と、たったそれだけ言うためのことが、こんなに疲れるのかと
    驚くほどに知力体力消耗しました。
    コメントにもありましたが、子供がそれをやるのは相当きついものがあると思います。

    恵まれたことに私には、ネットという発言できる場がありました。
    貴重な意見を寄せてくれる人もこんなに居てくれます。(ありがとう)

    今回のような事例で、何をどうしていいか分からないままに進めていっても
    学校側は真摯に対応してくれ、教育委員会もこのブログを学校に見せて
    どうにか是正できないかと尽力してくれ
    ブログを見た皆様から励ましてもらって、意見を寄せてもらって
    沢山の方々に支えられていると感じます。

    ネットの力で出来ること、ないでしょうか?

    2007.03.17 Sat 制服騒動 その8(そもそもの問題点)

    卒業式が終わり
    夕方にはクソ狭い我が家のコタツに
    校長先生・教頭先生・学年主任・生徒指導主任の4名の男性教諭が並んでおられました。
    えーと、ソファの上は見てはなりません。←乾燥機から出した洗濯物がマウンテン。

    私が教育委員会に提出した上申書と
    このブログで書いた「制服騒動」の記事を元に
    職員会議を開いていただいたそうで
    それに関しての資料などを持ってきての
    今回の件についての学校側の対応の中間報告でした。

    職員会議で全学年の教諭から出た意見をまとめた意見書を
    口頭で説明してくださろうとしていたのですが
    読んだほうが早いので(※私、文章読むの割と早いです。参考:「東京タワー」完読に1時間)
    目を通していいか許可を得てから読ませていただきました。

    読んで感想、というか質問。

    「校則とか規則って、意味がありますよね。
    コレはいけないって理由があるから校則があるんですよね。

    子供たちって、叱る時にそれが理不尽だったら反発しますよね。
    なぜ叱られるのかという理由が納得のいくものでなければそれは当たり前ですよね。

    じゃあ、今回の件。スカートの丈。

    なんで短かったらいけないのかって理由を、先生方は答えられますか?
    子供たちに『なんで?スカート丈がこれじゃなきゃいけないのはどうして?』と聞かれたとき
    子供たちが納得するような理由を話すこと、先生方はおできになりますでしょうか?」

    みなさま黙ってしまわれました。

    「だから、先生方の話し合いの大前提がもうおかしいんです。
    今回の件だけについて話すにしても
    『校則は守らなきゃ』って先生方は生徒に言うけれど
    なんのために守るのかって事自体を先生方自身が理解してないままに
    子供に守れ守れつったって、納得せんのではないでしょうか?

    だからね、これがきっかけになればって思ったんです。
    先生方にとって、最初から決まってる校則だから守らなきゃいけないって思ってた事自体が
    実は意味を成さないものなのではないかって、先生方が疑問に思うきっかけに。

    今回起こったこと、今ここに先生方の意見として出ている意見書
    これは叩き台です。
    これを叩いて、一歩でも段階を進めればいい、段を登れなかったとしても
    足を上げて登ろうと思っただけでも、それは進歩ではあるのですから。
    今使用されている校則は、私が学生だった時代とほとんど変わってません。
    昭和時代の校則がいつまでも残ったままで、果たして時代にそぐうものなのかどうか。

    なんもかんもいっぺんに変えろとか思いません。そんなに簡単じゃないですよね校則改正。
    だけど、やろうとしなけりゃ変わらないです。
    なんもかんも変えて完璧になんて、それは理想論です。
    でも教育って、子供に携わることって、できないって分かってても
    きれいごとだ無理だって分かってたって、理想論掲げ続けなきゃいけないんじゃないかな?
    届かないと分かっていても志を高く持つ必要が、先生にも、我々保護者にも、あるんじゃないかな?
    いつか届く、できるって、私たちが言い続けなけりゃいけないんじゃないかなあ?」

    そして、件の女性教諭の対応の悪さについても言及しました。
    女性教諭の話とは前提づけませんでしたけど。全般的に言えることなので。

    「先生だって人間だから、気が合わない生徒も保護者もおられるでしょう。
    それは当たり前だと思うんです。
    でも、うそでもいいから、笑顔で接しなきゃいけないんじゃないでしょうか。
    何か問題が起こって謝罪しなきゃいけない時は、腹の中煮えくり返ってても
    うそでいいから心から反省したってポーズ取らなきゃいけないんじゃないでしょうか。
    校長先生がお持ちになった資料にある中学生の投書にも
    『先生の八つ当たりとしか思えないときがある』ってありますし。
    教職って、自分のそういう好悪の情ってあからさまに出しちゃ絶対にまずい職業ですよね?
    でも、おおむね先生方って、そういう『表に出さない』っての苦手ですよね?w
    たとえばこれが一般企業の営業職であれば、いかなイヤな、気の合わない客であろうが
    絶対にイヤな顔してはならないし、そんなニオイすら感じさせてはいけない。
    笑顔で『いつもお世話に~』って言うのが当たり前ですよね。
    失礼ですが先生方って、一般企業の経験っておありですか?
    あ、やっぱ無いですか。そうですよね、順当にいけば大学卒業即教員ですもんね。

    教師って、『対・人』な職業ですから
    本来ならそういう対人関係においてのスキルは絶対に必要なはずなんですよね。
    だけどそれが出来てないような気がします。

    そんで先生方が対峙する保護者の皆様っていうのは
    そういう一般企業でのやり手の営業マンだったり、叩き上げの管理職だったりする訳で
    そんな方々から見れば、先生方の上辺の誤魔化しは丸バレですよね。

    自分のブログでも書いてるんですけど
    自分の世界の真ん中って自分ですよね。
    だけど世界の真ん中が自分って訳じゃないんですよね。
    他の人はその人が持つ世界があって、その人はその世界の真ん中だと思ってる訳で
    みーんな自分が世界の真ん中だと思ってるんですよね。

    自分には自分の世界があって、それを尊重してもらいたいのならば
    人の世界のことも尊重せんといかんのじゃないでしょうかね。
    そうやって折り合いつけて社会は成り立ってるんですから。
    そういうこと、先生自身が理解して、子供らに教えていかにゃならんのじゃないでしょうか。
    もちろん我々、親もね。

    子を持つ我々や、先生方が対峙するのは、どこまでも人間ですから。」

    だから女性教諭が謝罪ができないのは
    ・うそでもいいから相手を納得させれるくらいの演技力駆使して平謝りするという能力の欠如。
    ・自分の世界のマイルールで判断しており、相手のルールは理解しようと思わない。
    (そもそも他人には他人のマイルールがあるということ自体考えてもいないのでは)
    と個人的に分析し推測しておりますが、どうなんでしょうね。
    こればっかしは不明です。対話する機会もないし。
    先日話した限りでは、本人に水を向ければ喋るけれど
    私がその発言について反論すると黙るので、ディベートにならない相手でした。あの時点では。

    よく痴話ゲンカで「どうして分かってくれないの!?」とわめく女子が居ますけれど
    何も言わずに分かってもらおうとなんで思えるのか。
    おまいの彼氏はエスパーか。伊藤か。バッグに詰めて持ち歩けるのか。
    黙ってる理由がなんなのかも、黙ってちゃ分かんないんだから本末転倒です。
    しゃべんなきゃ人間わからないからこそ
    言語っちゅうツールが発達したんじゃないかと私は思うんですけれどもね。

    なんか話がそれたような。

    もうね、保護者も教師もね、気付かなきゃいけないと思うんです。
    増えるNEET、ニューホームレス、ナイフ振り回す子供、気に入らない人を短絡的に殺す現実。
    どっかにゆがみがあるんです。
    それがどこなのかなんてデカすぎて分かんない。
    いっぱいありすぎてどこから手をつけていいか皆目見当もつかない。
    でも、だからこそ、こんな小さなきっかけがあった時に見逃してはならない。
    そこからでいい、問題点を切り分けてこつこつと是正していけばいい。
    一気に社会がよくなるなんて魔法は無いです。
    無いから、問題がデカすぎて、いっぱいありすぎて分かんなくなって途方にくれたら

    とりあえず目の前のことからやればいいと思うんです。

    あとはね
    先生という職業を一般企業に置き換えてみればいいのです。
    子供たちが校則に従わないのでぎゅうぎゅうに締め付ける。
    子供たち反発する。
    余計指導に時間がかかって他の仕事がおろそかになる。
    これは企業としては非常に効率が悪い話です。
    生徒指導に費やして後ろ倒しになった仕事を残業して片付けたりしていて
    それが時間給だったら膨大な損失になるはずです。
    働く方も人間なので疲れます。仕事の効率としては猛烈に悪い。

    で、これが企業体だったら、システムの構造を見直すわけです。
    極力少ない労働で大きな利益を生み出すのが理想です。そうせねば企業潰れますから。

    どこにムダがあるのか考えます。
    不必要で子供に理解不能な校則を押し付け無駄な反発を食らってはないか。
    ならば理由のない古くからの慣習で置きっぱなしの校則を片付けてはいかがか。
    教師の仕事が本来家庭でやるべきしつけの段階から増えすぎてはないか。
    では家庭にその仕事を振り分け、お互いが効率よく動くよう働きかけるべきではないのか。
    その働きかけはどのようにすれば家庭に浸透するのか。
    学校と家庭の連携システム自体に問題は無いか。

    そうやってひとつひとつ構造を見直すことは大変でしょうが
    結果的にどうなるかというと
    先生方の仕事の効率がアップして、楽になると思うのです。

    企業であれば生まれる利益はお金です。
    先生方が頑張って生まれる利益は

    子供たちの笑顔です。

    2007.03.16 Fri 制服騒動 その7(わかってない)

    教育委員会に上申書提出して
    娘と昨日行きそびれた皮膚科に赴きました。
    今日行って薬を貰っておかないと、あさって娘は目の手術なので、しばらく皮膚科に行けないからです。

    夕刻
    教育委員会から電話があり
    娘の学校の校長先生を教育委員会に呼び
    課長から今回の事について話をしたと中間報告がありました。
    (上申書にあるように、どのような対応をしたか細かく報告してもらえるようお願いしてあります)
    担当の方いわく、「課長が涙ながらに校長に話してました。初めて見ました、課長が泣いたところ」
    とのこと。

    帰宅したら娘の友人が玄関前に卒業アルバムなどを届けてくれていました。
    「明日コレ持って行こうっと」と娘は言ってます。
    本当は今日アルバムを見ながら友達とはしゃいでたはずだったのにね。

    それから数時間後
    学年主任と校長先生が揃って謝罪に。
    沈痛な面持ちでうつむいておられます。
    件の女性教諭は来ていません。
    その後の指導はどうなっているかと尋ねたら、校長先生が俯いたままこう答えました。
    「こちらからも指導してはいるのですが・・・お母様の前で謝罪させる段階には至っておりません・・・」
    まあ、そんなような気はしていました。根本的な考え方が私と違うのだから、意見が合うはずもなく。
    私と娘が何に対して憤慨しているのか、わからないままうわべだけで謝罪されても意味は無い。
    明日、なんらかのリアクションがあるか、このままスルーか。まだ分かりません。

    校長先生がいらしているのだから、ここでハッキリさせておきたい点がひとつ。
    「私は当初の問題であった娘のスカートの長さについて納得しておりません。
    校長先生は実際に娘のスカートをごらんになっていますか?」と尋ねました。
    「いえ・・・毎朝校門に立ってはおりますが・・・全員は把握しておりません・・・」
    と言われたので
    「それは別に構いません、別に全員を把握しろとも思っていません。
    ですから、実際にその娘が着用していたスカートを
    今ここで校長先生がごらんになっていただけないでしょうか?
    そして短いかどうか判断していただけないでしょうか?」と切り出しました。

    娘が昨日まで着用していたスカートを持ってきて
    玄関で私のウエスト位置に合わせて先生に見てもらいました。
    「私の身長は165cmで、娘よりも5cm高いです。
    足の長さは殆ど変わりません。(←ああそうさ娘の方が足が長いのよっっ!!(号泣))
    よく見てくださいね。ウエスト位置を下に下げたりしていないか確認してくださいね。
    どうでしょうか?娘よりも大きい私がこれを当ててみた今の長さを見てください。
    職員会議で議題になり、学校からわざわざ電話で指摘される長さだったのでしょうか?」

    校長先生は少し後ろに下がって、スカートの長さを確認し
    「短く・・・ないです」と言いました。

    事の発端であるスカートが短いという指摘自体が間違いであったことを
    校長先生自らに認めていただきました。

    娘は全くいわれのない事で責め立てられていたと、ここで立証しました。

    そして今日、どうしても先生方に問わねばならないことがありました。
    娘が欠席した今日、学校で行われていたことについて。
    我が子が不当に扱われたから「だけ」で騒ぎ立てているのではないということを
    明確にしておかねばならなかったのです。

    「今日、学校で卒業式の練習が行われたそうですね。
    その場で、容儀検査があったそうですね。
    娘の友人から聞きました。
    スカートの丈のチェックも行われたそうですね。

    なぜ娘が学校を休んでいるか
    その意味を本当に考えておられますか?

    2・3cmのスカートの丈にこだわり、式典の体面を重んじるあまりに生じた今回の不始末で
    ひとりの生徒が不登校になっている今日
    まだ、こだわりますか?スカートの長さに。
    娘への対応は不適切だったとこうして謝罪してくださっているのに
    他の生徒へしていることは今までとなんら変わりないまま。

    なぜですか?今見ていただきましたよね?娘のスカートを。
    今見て間違いだったと思える程度のわずかな短いスカートが
    そんなに学校の品位を落とすのですか?
    そんなに大事ですか?制服の長さが。
    卒業前日の貴重な一日の時間をそれに費やさねばならないほどに
    学校にとって大切なことなのですか?

    何が教えたいんですか、先生方。
    何時間も容儀検査に費やすことが教育の本質なのですか?
    教えるべきことは他にありませんか?
    校則を今改正せよとは申しません。ある程度のラインは必要かと思います。
    だがしかし
    今、この時、この、うちに日参して謝罪を続けねばならない状況において
    まだ他の生徒には同じ事をやりますか。
    そこまでスカート丈にこだわりますか?
    なぜ?
    なぜなんですか?
    それに意味はあるのですか?その意味はなんですか?
    どうして?」

    先生方は俯いたまま、答えてはくれませんでした。

    「娘にだけ謝罪して、娘が居ない場ではまた同じことをしている現状を知る限り
    先生方が今回の娘の不登校と私の主張を受け止めてくれているとは思えないのです
    教育というもの自体を見直してくださろうとしているとは認識できかねます」と
    まだ学校側には回っていない私の作った上申書を手渡し
    読んで、職員全員の手に渡し、必ず考えてくださいと申し伝えました。
    保護者全員に見せても構わない、むしろ見せてくださいとお願いし。
    校長先生より「必ず職員会議で話し合います」との言葉を頂きましたが
    ・・・どうでしょうね。
    古くから続くいわば慣習のような規定の制服への固執は、私が学生の時代から続いています。
    そうそう簡単には変わることは無いでしょう。

    だからこそこうやって声をあげなければならない。
    容儀検査に費やされる時間、もっと他にやらねばならないことは無いのか?と
    誰かが問わねばならない。
    なぜそれが最優先事項なのか、それでいいのかと、教師も保護者も疑問に持たねばならない。
    教えたいことはなんなのか、教えてほしいことはなんなのか。

    その教育の影響を受け、声をあげることもできず理不尽なまま納得いかないまま大人になるのは
    誰あろう子供たちなのだから。

    2007.03.15 Thu 制服騒動 その6(教育委員会へ)

    宮崎市教育委員会へ電話しました。
    感情論にならず、起こったことをそのまま述べ
    どこが問題点なのか
    その問題でどういう間違いが起こり、どういう経緯を辿ったか
    それについてどう改善して欲しいのか話しました。

    担当者が泣いちゃいましたっ(汗)
    「娘さんやお母さんの気持ちを考えると・・・本当に申し訳ありません・・・」とハナすすられ
    なんでそちらが謝るんですかあー!とこっちがお詫びする一幕もw

    以下、教育委員会に送った上申書です。長いよ我ながら。1枚にまとめる文章力誰かクレ。

    ------------------------------------------


    上申書
    宮崎市教育委員会 委員長殿
    平成19年3月15日

    平成19年3月12日から14日にかけて、当方の娘が通う中学校において発生した事案について上申いたします。

    当該生徒は私の娘です。現在中学校3年生で、明日卒業式を控えております。
    今週月曜日、3月12日の夜に学校側から、「スカートの丈が短いので裾をおろすか誰かに借りるかしてほしい」との電話がありました。
    娘は中学に入ってから成長し、現在160cmになっております。成長に伴い制服が小さくなった次第です。
    それまで学校で頻繁に行われる風紀検査では指摘されておりませんでした。

    学校側によると、月曜日に卒業式の予行練習で、立ったときに後ろから見てスカートの裾がパイプイスについていなければダメとのこと。卒業式4日前になって突然それを指摘されても対応はできかねるとお断り申しました。

    娘は「脊柱側わん症」で、背骨が湾曲しており、骨盤の左右の高さが違います。湾曲は20度で、要治療で装具をつけねばならない程度ですが、整形外科の先生と話し合い、装具をつけるのは本人への負担が大きいからと、経過観察にしていただいている経緯があります。スカートを着用すると左右の裾の高さが異なり、右から見たら校則にそぐった長さでも、左から見れば校則違反になります。学校側にそれを伝えましたが、やはり改善を求められました。

    結局、親の判断で、式典のためにだけ新しいスカートを購入いたしました。
    火曜日(13日)制服店に電話をし、13号サイズのスカートを注文し、サイズが大きいので既製品は無いかもしれないと言われましたが、卒業式前日までには間に合わせると、かなり無理をして注文を受けていただきました。

    そして昨日14日。卒業式の練習で体育館に集合し、風紀検査が行われたそうです。
    そこで娘はやはりスカートの丈について注意され、そのたび「買いましたから」と返答。しかし数名の教師から「じゃあなんで着てこないの?」と指摘されたそうです。
    この時点でおかしい話です。月曜日に指摘して、火曜日に注文した制服が水曜日には出来上がりません。
    そして女性教諭がこう娘に言ったそうです。
    「その買ったスカートどうするの?家に飾っておくの?学校に寄付とかしないの?」
    それを14日に帰宅した娘から聞き、すぐに学校に電話をして苦情を申し立てました。
    学校側からの時間的にも無茶な指摘を聞き入れすぐに対応し、理不尽だと思いながらも高い買い物をした、母子家庭で経済的に決して豊かではない娘に向かって「寄付しろ」と言う無神経な教師の言葉は、とても教育者たりえる者の言葉とは言えないと判断したからです。
    担任、学年主任がすぐに謝罪し、対応のまずさ、身体的な特徴を考慮しない画一的なスカート丈についての指導法について、当方の自宅まで来ていただき、丁寧にお詫びを頂きましたが、その寄付を言い出した女性教諭は、娘に対して謝罪の言葉を自ら述べるでなく、私から水を向けて「何か言うことはないのですか」とたずねて初めて娘の前に立ち、「ごめんね 先生悪かったね また笑顔見せてよ 笑えるよね?できるよね?」と強制しました。
    私は女性教諭の言葉を途中で遮り、こんなのは謝罪ではないと叱責しました。
    その女性教諭はお菓子のにおいがしておりました。直前までなにか食べていたようです。
    私が問題にしたいのは以下の点です。
    ・卒業式4日前に突然制服の丈を指摘するという杜撰さ。
    ・生徒本人には非の無い身体的特徴を全く考慮しない理不尽で画一的な指導法。
    ・スカートを購入するという最善かつすばやい対応をした上でのさらなる生徒への対応の悪さ。
    ・生徒個人宅への経済的事情、精神的配慮の見えない寄付の強要。
    ・謝罪に訪れた際の生徒への謝罪ともつかぬ「事を荒立てるな」という無言の強要。
    (当方は電話の時点で、当該教師が心から問題を理解し反省した上での謝罪でなければ不必要だと学年主任に申し上げておりました)

    そして改善策として、以下を提案させていただきます。
    ・今回の事案に対しての、学校側からの具体的な改善策の提示。
    ・生徒個人の特性をきめ細かく見る、画一的でない風紀指導の徹底とその具体案。
    ・各教師への指導と、明確な教育方針、理念への意思統一。
    ・教育委員会からの当該校への指導の内容と今後の各校への指導方針の明確な提示。

    卒業式前日の本日15日、娘は不登校という選択をしました。学校側からは学年主任、教頭先生がそろって朝から当方自宅を訪問してくださり、丁寧な謝罪を頂きましたが、問題はそこではないと考えております。
    これからの時代を担う次世代の子供である娘への間違った指導法。
    せっかく築き上げてきた教師への信頼を崩してしまったこと。
    卒業という晴れの式典に刻まれてしまった染み。
    拭うことができないであろう、大人への不信感。
    そのすべてを、このまま片付けてしまっては誰のためにもならない、いつかまた娘と同じように、つらい思いをする子供が出てしまうかもしれない。そんな危機感を抱き、教育委員会へ上申するに至った次第です。

    学校側の対応は誠意あるものだと受け止めております。
    むしろ実際に娘に心無い言葉を投げかけた教師とは関係のない方々に、多大なご迷惑をかけたとお詫びを申し上げたい気持ちであり、実際に頭を下げております。
    しかし今回の事例が、教育の歪みの一端を炙り出している気がしてなりません。このままでいいのかと一保護者として自らに問えば、答えはノーです。
    見過ごすことで、誰かまた他の子供が同じ思いをする。それではだめだと思うのです。
    このままでは、教育現場は『理不尽なことに対して我慢をするための場』でしかなくなってしまう。
    そうであってはいけないと、強く強く願います。
    次世代を担う子供たちを、教え導き、よりよい社会を作るための大切な教育の場であれと願う気持ちで一杯です。
    娘だけの、この学校だけの、一時的な問題と受け止めてほしくありません。教育という場において、教育委員会、学校長、現場の教師、すべてが理念を同じくし、教育とは何か、何をすべきか、子供たちをどう導いていかねばならないか、もう一度己の身を律し、高い志のもとに教え導く立場であることを考え直していただきたいのです。
    社会のゆがみを感じているのは私だけではないはずです。現場の方々はもっと強く危機感を感じていることでしょう。
    何か、感じてください。この事例を公にすることで、なにかを変えようと思ってください。
    学校だけにそれをさせようとは思いません。我々保護者にも同じことが言えます。
    みなで育てていかねばならないのです。だからこそこの事案はひそやかに片付けず、広く知らしめていただきたい。教育者にも、保護者にも。

    どうかこの事例が、地域に密着した教育、これからの世代を育てていく上での教育理念への提言として、なんらかの一石になればと願ってやみません。

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    んじゃ昨日行きそびれた皮膚科いってくっから。
    あと制服出来上がったらしいんで買ってくっから。
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